爛熟期を迎えつつある帝政ローマ。当時、コロシアムでは古代ボクシングが興行されていた。そこで選手として戦う奴隷たちは拳奴(けんど)と呼ばれ、過酷な環境の中で闘いを繰り広げているのだった。本編の主人公である拳奴セスタスは、体格に劣りながらも天性のスピードと師ザファルの教えたテクニックにより、難敵を打破していく。その闘いぶりが若きカエサル・ネロの目に止まり、謁見を許されるが、それを契機としてセスタスは運命の渦の中に巻き込まれていくこととなる。
真の自由を欲するセスタス、父との葛藤の中でもがく天才格闘家ルスカ、皇帝としての宿命を背負ったネロ。そして、セスタスの師ザファルとルスカの父デミトリアスとの過去の因縁。物語は格闘漫画としての領域を超え、帝政ローマ時代を生きた3人の少年たちの運命を軸に描く、歴史ドラマの要素を含んだ内容となっている。
※次シリーズ「拳奴死闘伝セスタス」も好評連載中!
こちらも併せてどうぞ。
登場人物紹介
<主人公たち>
セスタス
本作の主人公。ローマ帝国最下層の身分に位置する15歳の少年拳奴。まだ成長期とあってかなり小柄な体格だが、天性のスピードと師ザファルより伝授された拳闘術で、体格に優る強敵達と渡り合う。
ザファル
セスタスの師匠。かつては「ヌミディアの拳狼」の異名を持ち、あまりの強さに「史上最強」と謳われた無敗の伝説的な拳奴だったが、デミトリアスとの試合で左膝を破壊され引退。かつて「天才」デモクリトス(後述)から教えを受けた「実験台」の1人であり、師をして「最高傑作」と称される。
ルスカ
ローマ帝国徒手格闘兵団衛帝隊に所属する衛士。総合格闘技パンクラティオンの使い手で、16歳の若さで既に完成された技巧を持つ天才闘士。金髪が特徴の美男子で「黄金のルスカ」「ローマのルスカ」の異名を持つ。普段は知的で誠実な好青年だが、闘いでは一切容赦しない冷酷さを見せ、またそれを対戦相手への礼儀であると考えている。自分や母ルクレティアを蔑ろにするあまりストレスで狂気へ追いやった父デミトリアスを深く憎んでおり、自らの手で倒すことを生涯の目標としている。
ネロ
ローマ帝国の第5代皇帝。孤独な少年皇帝であるが、素顔は「争いを嫌う文人で美術や音楽、詩作を愛する芸術の信奉者」である。セスタスやルスカの闘いぶりに感じ入り、セスタスに対しては自らの理解者となるように求める。
<ドリスコ拳闘団>
ドリスコ
ドリスコ拳闘団団長。酒好きで腹の肥えた中年。見た目以上に根っからの商人気質で抜け目がない部分も目立つ一方、拳奴を自分の財産・部下として家族同様に大事にしており、「間引き」で団を抜けることになったモンソンの身を気遣うなど、人情的な一面も見せる。
ラドック
ドリスコ拳闘団ナンバー1の拳闘士。別名「怒涛の烈拳」。セスタスたちの先輩でよき兄貴分。
エルナンド
ドリスコ拳闘団の少年拳奴で、ザファルが受け持つ訓練生の1人。気弱な性格で、細身の背高のっぽが特徴。その見た目から付いたあだ名は「ヒョロ」。ザファルにその長身を見出され、その体躯から来るリーチを活かした拳闘の訓練を受けている。
ペドロ
ドリスコ拳闘団の少年拳奴で、ザファルが受け持つ訓練生の1人。そばかす顔が特徴で、小心者だが見栄っ張りなところがある。自分に自信が持てない上にひねくれ者で、すぐにいじけるところからあだ名は「イジケ虫」。
ゲティ
ドリスコ拳闘団の少年拳奴で、ザファルが受け持つ訓練生の1人。気弱でドン臭い上に亀のように丸い体躯から「ドン亀」とあだ名されるいじめられっ子。
ゾラ
エチオピア出身の黒人拳奴。カンパニアの農園で働く奴隷であったが、気性が荒く他者と打ち解けようとしないことから持て余されていたところ、農園の人間たちとの乱闘事件を聞きつけたドリスコによってその素質を見出され、ドリスコ拳闘団に引き取られる形で入団。
エドゥ
元拳奴の黒人訓練士。農園での間引きの後ドリスコ拳闘団に入団。ゾラの才能と気概に惚れ込みゾラの訓練士となる。
<ローマ帝国徒手格闘兵団衛帝隊>
デミトリアス
ルスカの実父。徒手格闘兵団衛帝隊・隊長。ローマ闘技場にて400勝を揚げ、その腕1つで地位を築き上げた。別名「アッティカの金獅子」。ザファルとの勝負で右眼を失う。非常に傲慢だが実力は超一流で、完全武装の剣闘士3人を装甲ごと破壊・殺傷する怪力を持つのみならず、打投極の技術面においても衛帝隊に比肩するものはいない。
ディノデイモス
スパルタ出身。デミトリアス、ドライゼン、ロクサーネの師匠で、格闘技の腕で身を立てようという大望を抱いたデミトリアスの後見人として、彼らと共にローマを訪れた。ルスカの入隊と同時に現役を引退し、補佐官として後進の指導に当たる。
ドライゼン
アルゴス出身。衛帝隊副長。実力・人格共に優れた格闘家で、ルスカの師であり、またあたかも歳の離れた兄のような存在。
ロクサーネ
アルカディア出身の、艶やかな黒髪を持つ細身の美人。女性の身でありながら二等衛士。純粋で真っ直ぐなセスタスの生き様に興味と同情を示し、師匠から教えられた「この道(拳闘)しか知らない」彼の身を案じている。ドライゼンとは幼いころからの恋仲。格闘技術も彼と同じく相手の動きを利用するものだが、打撃はほとんど用いず合気道に酷似した戦い方を得意とする。
アポロニウス
テーベ出身。壱等衛士。一見文人風の中年男性だが、実は「無血の破壊魔」と呼ばれる関節技の達人。医術や接骨の心得もあり、負傷した衛士の治療も行う。
ソルレオン
マケドニア出身。壱等衛士。常に冷笑を絶やさぬ皮肉屋。別名「ネメシスの凶刃」。衛帝隊最悪と呼ばれる殺し屋で、目突きや貫手など指先を用いた急所攻撃を好んで用いる。飛矢を見切るほどの動体視力と反射神経をもち、殺し合いなら隊最強とまで謳われる。
ダイダロス
ミケーネ出身。参等衛士。寡黙な闘士。小柄ながら筋肉質で、俊敏な上に打撃力にも秀でる。
アドニス
シラクサ出身。参等衛士。衛帝隊では珍しい拳闘士でルスカの親友。女性のような美貌の持ち主だが、性格はかなり短気で好戦的。お調子者だが憎めない性格をしており、隊内でのポジションも概ねそのような扱いである。「神速の住人」の異名をとる衛帝隊随一の拳速、俊足の持ち主で、ノーガード状態から相手の攻撃を誘い繰り出す一撃必殺のカウンター「忘却の昇弾(レテのしょうだん)」、一瞬にして7つの人体急所をほぼ同時に撃ち抜く「昴(プレアデス)」を切り札とする。
エッダ
ロードス島出身。参等衛士。大柄で褐色の肌が特徴の女性闘士。武装した男性を軽々と持ち上げ、投げ飛ばすなど女性離れした怪力の持ち主。性格も豪快で大変な大食らい。主にアグリッピーナの護衛を担当することが多い。
カサンドーラ
トロイア出身。参等衛士。エジプト人を思わせる、端正な顔つきの女性闘士。相手の気配から次の動きを予測する第六感的な能力を持つ。
<ローマ帝国宮廷>
アグリッピーナ
ネロの実母で先帝クラウディウスの後妻。激しい気性の権謀術数に優れた女傑。衰えない美貌の持ち主でもあり、性に関しても貪欲。面、酒に酔うと涙もろくか弱い一面を覗かせるなど、母親と女性の両面が描かれている。
オクタヴィア
ネロの妻で先帝クラウディウスの実子。可憐な少女。生母メッサリーナの乱行により不幸な子供時代を過ごす。ネロとの夫婦関係は当初からなきに等しく、徐々にルスカに魅かれていく。
ブリタニクス
オクタヴィアの実弟。てんかんの持病を持っていて病弱。東方へ旅立ったティトゥスとは親友関係。カサンドーラに恋慕している模様。
セネカ
ローマ帝国重臣にして当代きっての文人。ネロの家庭教師でもあった。
ブルス
ローマ帝国重臣。近衛隊のトップを務める。デミトリアスが隊長を務める「衛帝隊」とはライバル関係にある。
パラス
アグリッピーナの寵臣。先帝のクラウディウス後妻にアグリッピーナを推したため、政権交代後もしぶとく生き残っている。解放奴隷出身であるため元老院からの評判が悪い。
ペトロニウス
ネロの詩作の友。
ゲリウス
元第4大隊主力先隊長。衛帝隊が近衛隊を差し置いて皇帝の警護している状況を気に入らず、密かに決闘を持ちかける。素手の戦闘で4人殺している猛者だが、対決したアポロニウスに全身の関節をことごとく外され、廃人となる。
<ヴァレンス拳闘士養成所>
ヴァレンス
物語の開始点となったローマの「ヴァレンス拳闘士養成所」の経営者。拳奴たちの上に君臨する暴君。逆らう者はむろん、弱くて役に立たないと見なした者は子供であっても躊躇無く抹殺する。セスタスやザファルを含む、所有する奴隷の右手甲に自身の名前と勝利の頭文字である「V」の焼印を押している。
ヴァレリア
ヴァレンスの一人娘。父親に似ず、誰にでも別け隔てなく接する優しさを持ち、その見た目とは裏腹に芯のしっかりした(ヴァレンスは母親譲りだと評した)人格者の美少女。その性格からか、父の拳奴達に対する酷い扱いに反発していた。
ジオゲネス
ヴァレンスが買い付けた格闘士。コリントス出身。レスリングで48勝、パンクラティオンで20勝を超える戦績を持つ。
ボリス
80勝拳奴。拳闘を見下すジオゲネスに挑むが歯が立たず敗れる。
ロッコ
セスタス達見習い拳奴達のリーダー的存在といえる少年。同年代の中では最も体格がよく、度胸も腕っ節も一級品と評され、性格も公明正大で懐の深いところがあり、小柄なゆえに非力だったころのセスタスをよく庇ってくれた。拳奴を選抜する試合でセスタスに敗れ、『負け犬は必要なし』とヴァレンスの命を受けた兵達によって矢の斉射を浴びて殺された。
アベル
セスタスと同じ少年拳奴。
チーノ
セスタスと同じ少年拳奴。
ミゲル
セスタスと同じ少年拳奴。ロッコ亡き後の一番のセスタスの理解者であり、一時仲間から孤立していたセスタスに対する態度を変えることはなかった。
<ポンペイ>
サビーナ
ポンペイで一番の大富豪令嬢にして、絶世の美女。並外れた美貌によって多くの人間から敬慕されているが、それゆえに世間知らずな驕慢さをも身に着けており、トラブルの種となりやすい立場にある。
ファブリウス
ポンペイの富豪。ドリスコが先代に世話になっていた。苦労知らずの2代目。父が育てた奴隷秘書のナシカに全幅の信頼を置いており、家に必要な実務の全てを委ねている。
エムデン
ポッパエア家に幼少のころ買われたポンペイ最強の拳闘士。「寡黙な門番、番拳エムデン」の異名を持つ。サビーナに対して偏執的な敬愛を示し、ただ彼女に振り向いてもらうために「最強」を目指し続ける男。ザファルと同様、デモクリトスから教えを受けた彼の「実験台」の1人。
ナシカ
通称「鼻曲がりのナシカ」。ファブリウス家に幼少のころ買われた奴隷秘書。奴隷の身分ではあるが秘書として高い能力を持ち、ぐうたら2代目の代わりにファブリウス家の実質的な差配を取り仕切っているのは彼である。
<パルティア>
ロシュタム
不死隊隊員。アッシリア出身。御前試合で先鋒を務める。カサンドーラを女性と侮って激昂するも不覚を取る。
シャルゴン
不死隊隊員。バクトリア出身。御前試合で次鋒を務める。アドニスの軟派な外見に油断し敗れる。
バニパル
不死隊隊員。ガウガメラ出身。御前試合で中堅を務める。前の2人の敗北から油断せずに挑み、その握力にて一矢報いるが、怒ったアドニスに猛反撃され敗北する。
ビスタネス
不死隊隊員。メディア出身。御前試合で副将を務める。ルスカを打撃闘士と見誤り寝技に持ち込むが、逆に絞め技にて敗れる。
ハンムラビ
不死隊副長。バビロン出身。御前試合で大将を務める。本調子でないルスカを追い込むも、勝利への執念を込めた頭突きを何発も打ち込まれ敗れる。
バルディア
不死隊隊長。アルベラ出身。不死隊でも最強の実力者で、試合にこそ登板しなかったが、部下の弔い合戦のために路上にてデミトリアスに一騎討ちを挑み、死闘を演じた。
<剣闘結社ケルベロス>
冥送のタナトス
剣闘結社ケルベロスの首領。死神をイメージした甲冑を身につけている。威風堂々たる武人としてセスタスに強い印象を与える。
血風のメドゥーサ
女性剣闘士で、タナトスの高弟の1人。サメの歯を縫い付けた鞭を武器としている。
激震のサイクロプス
タナトスの高弟の1人。一つ目巨人(サイクロプス)をイメージした甲冑を身につけた大男で、三叉槍を振り回して盾や兜をも紙のように易々と切り裂く怪力の持ち主。
双角のグリフォン
タナトスの高弟の1人。三日月刀による二刀流の使い手。
<その他の拳闘士>
ギドン
拳奴となったセスタスの最初の対戦相手。セスタスを子供と侮り一方的に敗れる。その後皇帝に助命を請うが処刑された。
「流浪の拳獣」ケンドール
カルタゴ出身の拳奴。ルスカと対戦し、関節技で倒され試合後に処刑された。
「熱砂の黒蠍」ムベイロ
アラビア出身の90勝を越す拳奴。ルスカと対戦して敗れ、蹴り殺された。これがルスカが初めて対戦相手を殺した試合である。
クァルダン
ザファルと同じヌミディア出身の奴隷。ネアポリスの港の奴隷頭を務めており、溺れていたセスタスを助け親身に相談に乗るが、実は拳闘士でもあり、セスタスと自由のかかった試合で対峙する。
オルレンテス
カプアの人気職業拳闘士、『不倒の拳雄』の異名を持つ。頑強な巨躯の持ち主でザファル曰く“古式ゆかしい典型的な拳闘士”。
<その他の人物>
デモクリトス
現役時代のザファル、エムデン、イオタの指導教官。カディス出身。帽子まで黒ずくめの服装で髭をたくわえた初老の男性。師匠(ドクトル)とも呼ばれる。並外れた拳闘理論と相手を魅惑する弁舌・洞察力、旺盛な好奇心を誇り、手掛けた教え子を皆強豪へと成長させている。弟子の成長を通して自らの研究を深めることを人生の目標としている。
アシュレイ
トラキア出身の軽業とナイフの扱いを得意とする男装の少女。大道芸人を装った皇帝暗殺の刺客一味の1人であり、宮廷内でセスタス達と出逢う。
ルクレティア
ルスカの妹。年齢に似合わず、兄の身を案じながらも家を守るしっかり者。心の病を患った母の面倒を見ている。なお、母も同名である。
ヒメネス
ナポリの顔役の商人でドリスコとは旧知の仲。ドリスコから商売はやりてだが博才は冴えないと評される。表向きはドリスコを歓迎しているが本当はラドックのせいで大損した時の仕返しが目当て。クァルダンがセスタスに敗れたことで結局は大損する。剣闘結社ケルベロスを呼び寄せた。